生活伽藍堂

送られる生活

夢幻様な日々/幼年期への感傷

ぐだぐだと生活をしているらしい。確かなことがわからない。2日連続で20時間も寝るなんてことをしたから朝とか昼とか夜とか、今日とか昨日とか明日とか、そういうことが曖昧になって、見たことない記憶がフラッシュバックしたりふと見た景色や人にデジャブを起こしたりしてる。夢で見たことなのか過去の思い出なのかよくわからなくなってて、何もかもが100万年前とかに見たような気がするような感じがして、でも思い出せない、みたいな感じだ。

 

 

1人でいると、折に触れて、忘れかけていた子どものころのことを思い出す。

 

 

いつだったか、映画館で映画を見ている人達の顔をずっと眺めていた、この人たちは俺に見られているなんて思ってないんだろうなあと思うと面白くて映画が一本終わるまでそうやって過ごしたと思う。見た映画は確か「レミーのおいしいレストラン」だった。当時の僕はあんまり面白いと思わなかった。

 

小学校に本当に頭のいい女の子いて、身長が高くて、目の隈がひどくて、癖っ毛で元気なさそうで内気だと思われがちだけど、そんなことなくて、マラソンとかも参加してて、話す言葉も軽薄すぎず自閉しすぎず、いい言葉で話す人で、本当にいい人だったんだけど、僕はその頃は思慮深く話すより軽薄に軽薄に話した方がみんなと仲良くなれると思いこんでいて、人から嫌われたくないという気持ちも強かったから、今の僕の大嫌いなタイプの人間だったと思う。彼女は僕とある程度は仲良くしてくれたが、あくまである程度の関わりでした。本当に尊敬していて、本当に仲良くなりたい人だったと思うんだけど、もう何もかも遅いよな。彼女はきっともっと立派になっているんだろう。もう二度と会う機会はないだろうし、会ったら今度は素直に尊敬していたことを伝えたい。そんなこと言われても困るんだろうな。

 

いわゆる初恋的な体験はしてないと思うのだけれど、小学校一年か二年の時にはじめて同い年の女の子で可愛いと思った子がいたことは覚えている。その子はすぐに転校してしまった。父親の仕事の都合で北欧に行ったらしい。それって今考えると凄いような。外見がどんな感じだったかとか名前がなんだったかとかは完全に忘れてしまって、可愛かったことと、集会か体育かで教室の後ろで整列するときに、ふと後ろを振り返ったら偶然目があって、何秒か見つめあった後、お互いきまり悪くて笑いあったことだけが記憶に残っている。

 

俺は5歳の頃英会話教室に通っていた、なぜか自分から行きたいと言い出したらしい。英会話教室に通っている子供なんか大抵はそこそこいい家庭の親がグローバルになってほしいなんていうエゴで無理やり行かされている(これはピアノ教室もそうだ、文化祭に実はピアノが弾けるみたいな男いなかったか?そいつらは大抵被害者だ)なので、そんなに積極的に来てるやつはいなくて、帰って16時から17時台のNHK見たがっているやつらが大半で、みんな消極的でつまらなかった。そこで出会った同世代の子供の中、1人面白いやつがいた。

そいつはいわゆるわんぱくなガキで、わあわあ騒いで俺の知らない範囲でも先生を困らせていた(らしい、後から聞いた話だ、それほど酷いやつではなかったけど)何がきっかけとか全然わからないけどとにかく無茶苦茶なそいつと仲良くなって、教室で週一で会う時、一緒に怒られるか怒られないかギリギリの範囲で教室にいたずらをして遊んでいた。(これを考えるのは俺の仕事で、実行はあいつが担当していた、フェアじゃないと思う)具体的に何したかはそんなに覚えてないけど、ソファを分離させて組み替えて遊んだり、入口から教室までの床に油性ペンで矢印を書いたりした。これはさすがに呼び出されて弁償をしたはずだ。でも、怒られてるのはあいつだけで俺は何も言われなかった、提案したのは俺のはずなんだけど、あいつは俺のことをチクらなかったし、怒られながらも俺に目配せして、笑いかけていたような記憶があるけど確かじゃない。とにかくあいつは俺をかばってくれて、絨毯の張替えの分を弁償した後、しばらくして辞めてしまった。ちなみにそいつはろくに学校に通わずしばらくぷらぷらしていて、俺が中3のころにバイク事故で死んだ。あいつ、頭悪くはなかったんだけどなあ、ただ、訃報を聞いてなんだか納得をしてしまったことを覚えている。

 

小学校に緘黙症の女の子がいた。誰にも何も話してくれなくて、別に自分が何かしてあげたいとかなかったけど気にかけていた記憶がある。言語障害のある男の子がいた。彼はいじめられていて、それを見て気分が悪かったけど、結局何もしなかった。彼は僕のことをどう思っていたのだろうか。特別どうも思っていないか。彼はきっとみんな等しく嫌いだっただろう。とても仲が良くて細身で色白でセンスのあるナイーブな男の子がいた。彼は今どうしているだろうか。また会ったらあの時みたいに楽しく話せるのだろうか。それはできないだろうな、あの時みたいに同じ話題を共有してないから。会話に詰まって、気まずくなってしまうと思うけど、でも、もう一度話してみたいな。

 

何もかも今は通り過ぎて、思い出せなくなっている。思い出したくても思い出せないし、思い出せてももうそれは俺の中で変質してしまってるんだろうけど、昔、その瞬間にそれがあった、ということは確かで、それはもう二度と追体験できないのって寂しくて、悲しくて、まあ、だから良いのかなと月並みながらも思います。本当に月並み。

 

仲良くなりたい人と仲良くなりたい。言い換えれば、尊敬してる人に認められたい。

 

仲良くなりたい人と仲良くなるためにはどうしたらいいんだろう、結局他人から興味を持たれる人になることだろうな。でも、それを目的化したら本末転倒じゃないか。強烈に拗らせて1人で象牙の塔つくりあげるか、社会的権威のある肩書きを得て自分の能力示すかするしかないっぽい。

 

人と仲良くなる方法なんて、すっかり忘れてしまった。思えば、昔から人から話しかけられるのを待ってるな。こちらから働きかけるのが致命的に苦手で、これが原因で人間関係が積んでは崩れる賽の河原になってしまってる。でも、母親曰く俺は誰にでも話しかける子供だったらしい、転換の原因になる、何かトラウマ的な体験があったのかもしれないけど、何も思い出せない。

 

まだ、思い出に浸る年じゃないし、人生これからが本番なのだろうけど、長時間一人きりでいると、すっかり忘れていた自分のあの言葉や顔も思い出せないあの人やどこかでみたあの風景が、フラッシュバックして、どうしようもなく、死にたくなるんだ。

 

何かに熱中して、陶酔して、盲信して、時間を早回しできたらいいんだけど。