生活伽藍堂

送られる生活

2017年6月29日

昨晩は湿気が凄く寝苦しくて何回も目を覚ましたりしたが、ベッドで一晩寝た。8時45分起床。気分は良くない。シャワーを浴びる。新しいボディーソープを試した。どうやらかなり油をもっていくもので、このところジャンクフードを食べて活動しているために体外に分泌された粗悪な油がごっそりと流されてとても良かった。

 

学校に向かう、9時台は比較的電車が空いているので楽だ。最寄駅に着き、朝ごはん兼昼ごはんとして松屋牛めし(並)を食べる。食べながらふと外を見ると大量の大学生が列をなしてだらしのない笑顔で歩いていた。食べ終わって外に出ると大学生の団体は皆通り過ぎ、雑多で汚れた道だけがあって、そこに住む人と働く人だけが歩いており、畑を食い荒らす大量発生したイナゴを思い出した。

 

文学史の授業は対句みたいな話し方をする先生が担当で、様々な具体例とオリジナルな例え話を使い、同じ話題と結論で停滞し続けている。うんざりだ。うんざり故に村上春樹風の歌を聴けを読む、授業中だけど読むことができた、授業がつまらないため生徒も4割ほどが睡眠に耽っているので静かなのだ。

 

昼休み、声をかけてきた女の子が本を延滞し図書館で本を借りられないので僕に代わりに借りて欲しいと頼まれる。承諾しそうになったけど、昨日の終わってる生活のせいで僕も延滞していることを思い出し、断る。彼女は後から来たもう1人の女の子に頼んでいたがその子はその子で借りられる限度の冊数まで借りていた。不憫。結局は友達の友達みたいな人に頼んでなんとかなったらしい。よかったね。

 

 

全ての授業が終わり、行きと同じく駅までの寂れた悲しい道を歩く。もともとこのあたりは部落に隣接した地域でガラの悪い田舎といったところだったのが大学ができて学生を客層に取り込むために品のない学生街として発展してきた街だ。表の大きな通りは車がそこそこ通るし人も多く人の後ろでゆっくり歩くのが嫌な僕は大抵人が少なくて歩きやすい裏通りを歩く。裏通りは田舎らしい一軒家の密集した住宅地や小さな神社、個人経営のカフェ&バー等があって下町らしい雰囲気が未だに残っている。裏通りを歩いていると毎日発情期の鮭みたいに道を占有して歩く大学生達が彼らの生活を犯しているようで申し訳なくなる。美容院のサインポールの下にいた野良猫。猫は路上喫煙をしている男を一瞥して横切る。僕は副流煙を吸いながらその猫を目で追う。猫は家と家の間の細い溝の中に入っていく。猫は一度も僕を見てはくれなかった。

 

虚しい生活、生活は虚しい。A=B。

 

少しづつ落ち込みが近づいているような気がする。そんなのは関係ない。やることをやるだけの毎日だ。やることをやって、たまに楽しくて、それでまた頑張る。これをずっとやればいいのだろう。だができるのなら苦労しない。