生活伽藍堂

送られる生活

2017年6月17日

5時寝、10時ごろ起き。夢は見てない。

フィールドワークのために京都へ行きました。休日返上の上に前々からの友達と出かける約束を蹴ってしまいました。単位のために。薄情だな。

駅へ着き、阪急のウッディーな列車に揺られて京都へと運ばれてゆく。丸くなったツイッターを眺めながら、メガネを家に置いてきたことに気づいて虚脱。電車は僕がどんなに虚脱しようとも確実に京都へと運んでくれた。

駅に着いて勘で歩いていき中央改札口を潜り抜ける。抜けた先の道は狭く壁に囲まれて閉鎖的だ。京都の駅はひらけた場所が少ない気がする。目的地に合わせて道が別れており、みんなそれぞれ工場の生産ラインのように仕分けられていってる印象だ。僕は知らない駅でまごついていることを悟られないようスタスタと直感で歩いてました。

 

直感は当たって時間も距離もロス0で集合場所へ到着。

小さな駅の前でたむろする学生は仕事に時間を費やす大人達と観光しにきた外国人達の障害物となっていた。

 

フィールドワークという名の義務でしかないクソな社交会。

 

写真達↓

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観光地の写真って風情ないよね

 

今日はクソだった。強制的に出かけさせられて4時間もクソなの最悪だよね。仕切れてなくてグズグズのツアー観光だった。俺はツアーの観光大嫌いです。グズグズなのはもっと嫌いです。

 

実になったのは女の子達と話すことで会話の練習ができたことだ、一人きりの生活をしていて、言葉の瞬発力がなくなっていってる僕に彼女らの無害な会話はリハビリにちょうど良い。会話により大学内の人間関係や講義の具体情報も得られた。顔見知りレベルの人たちのエピソードを聞くのはFFの解体真書を読む感じの面白さがあった。

あと僕は馴れ馴れしいやつを軽蔑してたけど、そんな感じの女の子の1人と話してみると馴れ馴れしいやつらは彼等なりに他人の人柄を分析しているし、その馴れ馴れしさは他人がさみしそうにしてると感じると声をかけたくなる彼等の性質によるものに過ぎないと思った。そうすると彼等を馬鹿にできない気持ちになったし、そういった人物の外的な印象で内面を推し量るのは短絡的過ぎると思いました。

 

それでも僕はナイーブな人の方が信用できるけどね。

 

本来の目的であるフィールドワークのストレスのあまり突発性難聴まで起きて俺はもうさっさと帰って課題なり創作ならしたかったけど耐えられたのは話し相手が居たからです。感謝。

 

 

 

ちなみにこれが今日の歩数です。歩き過ぎだ。

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ほどよく疲れた、今日はよく眠れるかもしれない。